お役立ちコラム

【終活に拍手】第五回 死亡の順番で3億円の差

2020.12.29


『死は、全員が初体験。だから準備の仕方を知らない。しかし、しっかりとした準備をした人は家族から拍手喝采を受けます。』
今日は『相続の始まり』の話をします。

「百合子、この週末に温泉にでも行こうか」
「ほんと? 嬉しい。」
「でも仕事は大丈夫なの?」
「君も、俺も、もう十分働いたじゃないか。」
「温泉につかってゆっくり老後の事でも話そうや」

共に還暦を過ぎた夫婦は一泊分だけの荷物を積んで、愛車のベンツで温泉に向かった。一代で社員20人の建設会社を創業した一郎は、車だけが趣味の仕事人間で、その土曜日は、昼過ぎから降り出した雨が次第に強くなり、少し山間部にある温泉に向かう道は暗く霧に深く包まれていた。
くねくねした山道がいくつか続いた後、突然、一郎の目に猛スピードでこちらに向かうヘッドライトが真正面に見えた。

「あーーーー」

病院の集中治療室で、二人は並んでベッドに横たわっている。体には多数のチューブがつながっており、出血がひどく、二人とも意識不明の重体で明日の朝まで持つかどうかという状態だった。
砂利運搬中の大型ダンプが雨でスリップし対向車線にはみ出し、一郎のベンツと正面衝突したのだった。
これまで、若い時から一生懸命働き、会社も起こし、大きな財産を作り上げてきた二人。一郎の財産は4億円を超えていた。ただ残念なことに二人は子宝に恵まれず、また二人の両親も他界しており、身内といえば一郎の弟の二郎と百合子の妹の夏子だけだった。
「先生、兄貴は・義姉さんは、助かるんですか? 二人の容態は?」
集中治療室の外で、二郎が、若いドクターに容態を問いただしていた。百合子の妹、夏子はそのドクターが二郎に首を横に振るのを見て、思わず椅子に腰を落としてしまった。
「もうだめなんだ・・・」

夜中の3時頃、かすかな物音が聞こえたため、廊下の椅子で居眠りしていた夏子は目を覚ました。隣に座っていたはずの二郎の姿がなかった。
「こんな夜中に二郎さんはどこに行ったのだろう?」
ふと、ガラス越しに集中治療室の中を見ると、姉の百合子のベッドのそばに男性の人影が見えた。そしてその人は右手でチューブのようなものを握っていた。
 
民法882条に『相続は死亡によって始まる』とある。
今、集中治療室のベッドで危篤状態の一郎と百合子。どちらが先に息を引き取るかは、神様しかわからない。
一郎が先に死亡した場合、その時点で一郎の相続が始まり、4億円の4分の3の3億円が、まだ息のある妻の百合子のものになり、4分の1の1億円が、弟の二郎のものになる。
そのあと、百合子が死亡すると、百合子の3億円の財産はそのまま妹の夏子のものになる。
逆に、百合子が先に死亡し、その後で一郎が死亡した場合、百合子は先に死亡しているので、4億円は全部二郎のものになる。
不幸な事故の最中にも法律は厳然と存在し、わずか数分の死亡時刻の違いで、3億円の差が発生し、周囲の人に悪魔がささやくかもしれない。
終活とは、生前に『公正証書遺言』を作り、自分の財産の行先を決めておくことなのです。
特に一郎のような中小企業の経営者の『死』は、社員やその家族を含む多くの人々の人生に影響を与えます。
ですから私は公正証書遺言を作り、できればそれをご家族に話しておくことをお勧めしているのです。それが『争族』を未然に防止することだと思うのです。


執筆者:田村滋規


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